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作成:2006/08/02
更新:2009/07/28

3039年戦争 War of 3039



 第四次継承権戦争後、傷ついたドラコ連合国を星図から抹消すべく、恒星連邦とライラ共和国が手を組み、大攻勢を仕掛け、手ひどい敗北を喫しました。これが3039年戦争です。主役となったのは、ドラコ連合の総司令官(管領)、後の大統領セオドア・クリタでした。
 Historical: War of 3039のPreviewから一部を抜粋しました。







インサイダー情報 INSIDER INFORMATION

 コムスターが連合との同盟を模索せねばならなかったまさにその時、セオドアが支援を強く必要としたという偶然の一致があったこと、またセオドアが首位者ウォータリーの欲求と要求を予言せしめたこと――は、ISFかO5Pがコムスターの内部深くに工作員を浸透させていたことを示唆する。実際に、セオドアが自由ラサルハグ共和国創設後にコムスターの怒りを静めた能力――コムスターとの協約に違えて、連合は多くの世界を維持し、直後にアルシャイン軍管区を作った――は、結社の中からのみ達成できるレベルの洞察力を示唆している。連合はそのような工作員がいることを一度も認めたことがない……といっても氏族侵攻後のクリタ家の行動――もっとも有名なのはウォータリーのスコーピオン作戦――は、このような示唆に信憑性を与えている。諜報員の正体は、一人存在したとして、明らかになっていない。

 当時の戦司教アナスタシウス・フォヒトがセオドアの工作員とする説がある。この二人の指揮官が友誼を結んでいたことが、数十年に渡る関係を示唆するのは事実である。だが、最初の接触が始まった3030年にコムスターは軍を持っていなかったために、この案はありそうにない。さらに可能性が低そうなのは、ウォータリー自身――あるいは後継者のディーロン司教、後の首位者、シャリラー・モリ――が密かにISFの諜報員となっていたことだ。ウォータリーとモリが連合国生まれであることを除いて、この推測に関する証拠は一切無く、またこのような考えを支持する人々は、ステファン・アマリスが地球帝国を奪い取ったときにアレクサンドル・ケレンスキーが協力したと信じていることが多いのである。最も信じられており、ありえそうなのは、司教のスタッフ数名――ルシエンかディーロンのスタッフと思われるが、地球の可能性もある――が連合の情報局に買収されたというものだ。真実は決して明らかにならないだろう。




海賊と王子 PIRATES AND PRINCES

 セオドアの最も議論を呼んだ決断は、ローニン戦争後にミチ・ノケツナをディーロン元帥に任命したことだった。ミノブ・テツハラ(第四次継承権戦争勃発の直前にウルフ竜機兵団と戦ったリュウケンの指揮官)の元副官であったノケツナは、無法者のグリーグ・サムソノフ元帥に復讐を果たすため、DCMS内の官職を辞していた。サムソノフによって汚された主君ミノブテツハラの不名誉を回復する活動で、ノケツナはバウンティーハンターを擬装するようになり、またこの役割の中で彼の行く先はセオドアの進路と交わった。管領はDCMSを再建するために同盟者を捜していたのである。セオドアのアドバイザーたちが反対したにもかかわらず、ノケツナは管領の近しい仲間のひとりとなり、ヤクザをセオドアの大儀に従わせるため、共に協力した。

 ノケツナのディーロン任命でライバルとなったのが、当時ヴァジリ・チェレンコフ元帥の下に仕えていたデクスター・キングスレーであった。 チェレンコフはローニン戦争で無法者となり、キングスレーに裏切られて倒された。この行動は反乱軍を無力化したが、キングスレーは管領への忠誠心からそれを行ったのではなく、地位のためであった。セオドアはこのような利己的な人物を軍管区の指揮官にするのは気が進まず、代わりに権力志向の薄い人物を選んだ。ノケツナは、彼が信じる限りでは、連合国が彼を必要としているから指揮をとっている。「年老いた海賊」は、DCMSの士官にとって人気のある選択ではなかったが、彼の戦闘、指揮能力(リュウケンで培われたもの)には疑問の余地がない。








3039年戦争 War of 3039

「勝利の後の幸福感は危険である。だが、もっと悪いのは傲慢になることだ。立ち止まって、考え、学ぼう」
――ユーリ・ジル、イスラエル戦闘機パイロット、六日間戦争

「竜はゴッターデンメルング(第四次継承権戦争、神々の黄昏作戦)で地に伏した。今回も奴らを蹴り飛ばしてやることになるだろう」
――キャサリーン・ヒーニー大将

 3039年戦争の意図は、シュタイナー=ダヴィオンが中心領域の覇権を握るためのノックアウトパンチであり、双子の首都ターカッドとニューアヴァロンを人類支配宇宙の紛れもない支配者とすることだった。カペラ大連邦国がすでに粉砕された状況において、この強襲――10年かけて計画された――で、同盟の支配に残された最後の障害物のひとつを取り除き、残った巨大勢力(分裂した自由世界同盟)を好きなように処分できるようになるはずであった。



同盟軍の準備 ALLIED PREPARATIONS

 奇襲となった第四次継承権戦争と違い、迫るシュタイナー=ダヴィオンのドラコ連合に対する大攻勢が隠蔽されることはなかった。強襲を行うと敵に知られていたので、同盟軍は3028年〜3030年の戦争よりも少しだけ公然と準備を進めることが出来た。戦略的奇襲性が欠けていたにもかかわらず、国王も国家主席も戦術的奇襲性を犠牲にするのを望んでいなかった。そのために、両軍は毎年の演習を続け、時期と位置を変更して監視者を煙に巻こうとした。'32ガラハド作戦がドラコ境界域で実施された一方、'33フォージャー作戦はサーナ境界域で実施された。'34フォーティチュードはスカイア島で実施される予定だったが、スカイア反乱の政治的影響によって、この年の演習は中止となった。その一方で平静が戻ったのである。翌年、演習は再開された。

 軍事的な連携を容易にする改革のひとつが、同盟勢力の手によって実行に移された。それは、迅速に人員と物資を移動するべく設計された、一連の巡回航宙艦隊である。航宙艦が30光年のジャンプに必要な一週間以上の時間を待つことなく、船から船へと乗り移っていくのだ。半永久的な巡回艦隊が、第四次継承権戦争の前からターカッドとニューアヴァロンを結ばれており、このメインルートがゆっくり拡大していき、各地区の主星、重要な世界にまで及んだ。表面上は、「解放」されたサーナ境界域の統合と貿易を促進するものであった巡回隊ルートの大部分は、物資と乗員を運ぶのに使われた――この航宙艦「ハイウェイ」ネットワークは、第四次継承権戦争のように商船の大規模な徴発を必要とせず、二国内への迅速な軍の再配備を可能としたのである。AFFSとLCAFの柔軟性を上げただけでなく、将来への戦争による経済的影響を最小化した。ハンスとメリッサは、第四次継承権戦争後の景気後退という困難をそれぞれ教訓としていたのである。

 ドラコ連合への攻撃は、そもそも3035年に予定されていた。第四次戦後に軍を再建する時間と、戦いから戦術的、戦略的な教訓を学ぶ時間を与えられていた。だが、スカイア反乱と続いて起こった政治的、経済的問題が、幾度かの延期に繋がった。LCAFとAFFSは余った時間で計画を詰め、何度もシミュレーションと演習を行って、攻撃を最大化し、DCMSの反撃に対する弱点を最小化しようとした。特に、複数連隊での交戦――第四次継承権戦争の特徴――にあわせ、かなりの時間を戦闘教義の強化に使った。共に戦う予定であった部隊の士官たちは、一連の交換プログラムを通して、互いの部隊の歴史、伝統、能力に明るくなった。強襲の多くは、LCAFとAFFSの混成軍に依存していたので、この連携は重要だと判明するはずだった。

 第四次戦のもう一つの教訓は、相当量の補給庫を建設し、部隊が再補給のために立ち止まることなく攻撃を続行できるようにすることだった。10年に及ぶ準備で、膨大な弾薬と消耗物資の備蓄が、各出発地点に確保された。そして各強襲部隊に、メック、弾薬、人員を運ぶ兵站輸送隊が同行し、強襲部隊は最高の戦闘状態を保てたのである。この戦略は、DCMSを守勢に回し続けるようなハイテンポな作戦が求められる侵攻計画に不可欠だったろう。古参兵とエリートからなる中核部隊が連邦=共和国強襲の急先鋒となり、前進し続ける。よくある、軍が二波に分かれて、互いに飛び越えていく展開様式は用いない。この戦術で各攻撃に必要となる部隊数が最小化された(そして攻撃できる世界数が最大化した)。しかし侵攻深度が浅くなり、予備部隊が最小限となったのである。この欠点は戦争中、連邦=共和国にたびたびつきまとった。

 訓練と計画立案に加え、同盟勢力は軍事技術の発展に多額の資金を用いた。ヘルムメモリーコアを使ったNAIS開発の新型兵器と装甲が、この紛争で初めて実戦配備され、攻撃側の射程と火力を相当に増加させた。同盟軍はセオドアとコムスターの秘密取引を疑うべくもなかった。DCMSは同盟と似たような技術の、不安定なプロトタイプ、実験品でないものを得ていたのである。連邦=共和国は通信面でも優位を得ていると信じていた。各侵攻部隊の司令部に携帯式の「ブラックボックス」ファクスマシンを導入し、コムスターの信用できないサービスに頼らず、それを統制された行動に活用していたのである。残念ながら、このシステムは第四次継承権戦争で連合の手に落ちていた。よって、DCMSは"安全な"通信を傍受できたのである。同盟の通信がどれほど危ういものであったか、3039年紛争のあいだには明らかとならなかった。だが、戦後、連合が極秘情報にアクセスしていたのでないかとLICとMIIOは疑いを持ち、連邦=共和国の暗号に抜本的な変更がなされたのである。氏族侵攻まで、ブラックボックスネットワークがどれだけ浸透されていたかと、コムスターの背信は明らかとならなかった。



DCMSの準備 DCMS PREPARATIONS

 ダヴィオン家が第四次継承権戦争後(3031年、3032年)すぐに軍をDCMSに向けていたら、DCMSが優位に立つチャンスはほとんどなかっただろう。セオドア・クリタはコムスターと同盟して、先進技術を入手し、新たな軍を作ろうとしたが、装備は不足し、訓練された人員さえも足りなかった。LCAFとAFFSが被った続けざまの遅延は、セオドアに、人員を募集し、訓練する時間を与えた。新しい装備の使い方と、侵攻軍への抵抗に必要な新教義の双方が新兵に教えこまれたのである。

 セオドアと支援者の中核グループは、連邦=共和国の目標を推測しかできず、よって敵が何をしても対応できる柔軟な戦略を考案せねばならなかった。侵攻軍に正面から立ち向かったらDCMSは粉々になってしまうのをセオドアは知っていた――その後の演習でこの仮定は正しいらしいと証明された――、よって、彼の立案と訓練は遅延行動を中心とした。こうすれば、侵攻軍は目的達成に余計な時間と労力を要し、また連合軍は適切に反応できる。これが技術と数で勝るAFFS、LCAFに効果的に対処する唯一の道であるとセオドアは気付いたのだ。

 彼はまた、同盟による襲撃を予想より代償の大きなものにするだけでは不十分であるとも気付いた。勝利を確かなものとするために、ハンス・ダヴィオンに戦争の前提すべてに欠陥があると確信させ、DCMSの戦力と有効性に対する情報と推測に疑問を持たざるをえない状況にせねばならなかった。セオドアとヤクザの同盟によって作られたユーレイ(ゴースト)部隊は、このペテンの一要素であり、またコムスターから得た技術が別の一例であった。しかしながら、これらだけでは不十分だった。従って、セオドアは連合を守る大胆な策略、オロチ作戦を立案したのだ。







第一波 WAVE ONE






共和国方面攻勢 COMMONWEALTH THRUST


アルタイス(4月〜6月) ALTAIS (APRIL-JUNE)

 第一波で行われたドラコ領内最も深くへの攻撃は、火山惑星アルタイスに対するのもので、第8ドネガル防衛軍「マッド・レスラーズ」がその急先鋒に立った。アルタイスは地域経済の重要地で、第2波、第3波の強襲の重要な足場となるのと同時に、共和国方面攻勢への援軍を妨げるのに不可欠だった。LCAFはこの世界を守るDCMSに関し、矛盾した報告を受け取っていた。公式には正規部隊は駐屯していたなかったのだが、非公式の報告は2個連隊が世界上にいるのを示唆していた。第8ドネガル防衛軍が降下船に乗り込んでいたまさにその時、2個傭兵部隊、第1ドラゴンスレイヤーズとグレイデス軍団が増援に加わった。ドネガル防衛軍の指揮官、ジャスティン・コバックが作戦の全指揮を持たされた。

 アルタイスの防衛軍に関する噂はすぐに事実だと確認された。管領の新部隊、第1、第2ゴースト連隊が惑星上におり、LCAFの侵攻に立ち向かった。コバッチはこの危機に対処すべく部隊をふたつに分け、グレイデス軍団にウィラス、ニューロスの重要な宇宙港を奪取するよう命じ、ドネガル防衛軍はゲインズの首都に向けて動いた。第1ゴースト連隊が宇宙港を守り、その一方、第2は首都を守っていた。ドラゴンスレイヤーズは予備部隊として軌道上にとどまった。

 4月27日、先陣の上陸と共に、マッド・レスラーズの戦役は首尾良く始まった。軌道上からの偵察により、第2ゴーストの本部がゲインズの西20キロメートルの位置にあるのが確認されると、コバッチは大胆な初手――第1大隊によるゴースト本部への高々度降下――を放つと同時に、RCTの残りは、べーカー大隊が確保したLZに上陸した。べーカー強襲チームが最初に突入し、エイブル中隊が降下する前に、ゴーストの多くを釣りだした。こうして、DCMS隊は陣地から離れ、準備不足な状況となったのである。コバッチの奇襲攻撃はゴーストの指揮系統をずたずたにし、連合連隊のかなりの部分を四散させた。LCAF連隊にとってはあいにくにも、第2のヤクザ戦士たちは強く独立しており、指揮官に全面的には頼っていなかった。第2ゴーストがマッドレスラーズの前身を押しとどめることは出来なかったが、ゴーストの戦士たちはライラ兵に高い代償を支払わせた。針で刺すような攻撃の連続で、ライラのベヒモスの戦役とコバッチの勝利は数週間遅らされてしまった。しかしながら、結局のところ、ゴーストは1個完全RCTと戦っていたのである。傭兵隊がその仕事を果たせば、戦役の結果は、けして不確かなものではなくなるはずだった。

 ウィラス、ニューロスの宇宙港確保を命じられたグレイデス軍団は、ドネガル防衛軍の二日後、アルタイスに降下した。グレイソン・カーライル大佐は、部隊を二手に分け、両方の目標を同時に攻撃することを選んだ。カーライル隊がウィラスを攻撃している間、副指揮官として行動していたデイヴィス・マッコールがニューロスへの強襲を率いた。ウィラスへのカーライルの戦闘降下はスムーズに行った――この都市は守られていなかった――のだが、マッコールの部隊は相当な問題に直面した……降下誘導装備の欠陥により、軽中量級メックの大半が意図していた降下地点を外れてしまったのである。兵士の多数がニューロスを外れ、第1ゴースト連隊の大規模な逆襲に直面すると、マッコール少佐は宇宙港の貨物地区内に部隊を引き、密集した防衛戦を作り出した。彼の分遣隊は連合の強襲を三度押し返し、それからこの戦いは両隊による長距離狙撃に落ち着いていった。だが、マッコールは時間が味方してくれないことを知っていた。待てば待つほど、ゴーストはさらなる援軍を呼べるのである。カレドニア人の伝統と気質を持つ彼は、祖先のように行動することを選んだ……ゴーストと交戦し、厳しい格闘戦を行ったのである。最初、傭兵隊の強襲はDCMS軍を押し返したが、すぐに連合の数的、技術的優位が働きはじめ、マッコール隊は圧倒される重大な危機に瀕したのである。この部隊は救われ、グレイデス軍団の有名な戦場での奇跡のひとつとなった――カーライル大佐は150キロメートルの強行軍を果たし、なんの疑いも抱いてなかったゴーストを叩き、撤退に追い込んだのである。

 惑星のむこうがわ、ゲインズ侵攻の準備をしていたコバッチ将軍はグレイデス勝利のニュースを受け取り、傭兵隊にDCMSの追撃を続けるよう命じた。衛星を通じてコバッチは、軍団の状況を尋ね、カーライルが部隊の能力に確信を示すと、ドラゴンスレイヤーズにゲインズ包囲を支援するよう命じたのである。カーライルは第1ゴースト攻撃の命令を認め、カーリンフォードの町まで追撃し、それから――コバッチの直接の命令により、納得できないながらも――逃げだそうとしていた時にDCMSの降下船を攻撃した。第1ゴーストの1/3は惑星を脱出し、部隊は再建に長い年月を費やしたのだった。

 ゲインズでは、第2ゴーストの攻撃が続いていたのだが、ドラゴンスレイヤーズの支援は、クリタ部隊にLCAFの勝利を妨げるために出来ることがほとんどないことを意味していた。にもかかわらず、第2ゴーストはコバッチとその部隊に少なからぬ挑戦を行った。戦役を終わらせる交渉と小規模な戦闘には数週間を要した。この間、参加者たちの戦闘能力は深刻なまでに低下した。5月16日、惑星政府が降伏し、第2ゴーストがドネガル防衛隊から離脱して、占領軍に対するゲリラ戦を行った。その後の6月13日、彼らはどうにか集結し、降下船で脱出したのだった。






ベンジャミン方面攻勢 Benjamin Thrust


フェラニンII(4月〜7月) FELLANIN II (APRIL-JULY)

 サンドヴァル元帥のさらに疑問の余地の残る選択は、エリダニ軽機隊にフェラニンII攻略を命じたことである。第71軽機連隊と第21打撃連隊は強力な組み合わせだが、フェラニンIIにはその手腕で知られる古参兵部隊、第4プロセルピナ戦闘部隊がいた。軽機隊は確かに第4戦闘部隊を片づけることが出来るだろうが、AFFS最高司令部は、傭兵がフェラニンIIの征服を完了し、第二波のホマム攻撃の準備が出来るか疑ったのである。サンドヴァル元帥は、2個機械化歩兵連隊、1個装甲連隊の支援旅団を傭兵に与え、フェラニンII作戦の総指揮を、第71軽機隊指揮官、ウィリアム・ピーターセン将軍に任せた。

 ピーターセン将軍の強襲部隊は4月24日、フェラニン星系に到着し、6日後、惑星を叩いた。第4戦闘部隊(最初のAFFS兵が国境をまたいだ時から警戒態勢に入っていた)は、強襲に備えた。傭兵隊は上陸してすぐにペルディション、ベンダーズホープを占領した。かなりの規模を持つこの二つの都市は、最終目標地点に近い当面の作戦基地となった。次に彼らはフォート・ドラミンに向かった。ピーターセン将軍は重装甲隊に4個メック中隊を混ぜて、側面を守らせ、要塞に向かっていった。

 第4プロセルピナ戦闘部隊は数時間持ちこたえ、二番目の陣地に後退するまでに補給物資を移送することが出来た。ジロー・タカダ大佐は追跡するエリダニ軽機隊を罠にかけることを望んだのだが、ピーターセン将軍はゴーマンドへの撤退を許したのだった。傭兵は正面から前進したが、この時、ピーターセン将軍は第21打撃連隊の第7打撃大隊を長駆の側面攻撃に向かわせていた。軽機隊の本体がゴーマンドの西から都市防衛部隊と会敵するやいなや、アリアナ・ウィンストン少佐と第7打撃隊は西から攻撃を加え、アルバ川、イトス川にかかる重要な橋を確保した。その一方、軽機隊の戦闘機隊は発見したDCMS地上部隊を攻撃し、AFFS歩兵隊は都市内に入り込み、ブロックからブロックへと占領していった。タカダ大佐がこの戦略的に重要でない都市を守るチャンスはほとんどないことに気づくのにそれほど長くはかからなかった。よって撤退が命令された。しかし東と南の橋が損傷を受けるか破壊されていたので、DCMS兵は残った唯一の方向に向かっていった――ウィンストン大隊の正面である。第7打撃隊は出来るだけ長く踏ん張ったのだが、連合地上軍に前面から叩かれ、ジャンプして川を渡った戦闘部隊のメックに側面を攻撃されると、ついには退き、タカダが都市を離れるのを許したのだった。

 タカダは次の12日間撤退し続けて、軽機隊に土地を明け渡し、彼らの後方連絡線を引き延ばす一方で、連隊の大多数をまとめ、支援市民軍部隊と共に、ルチェーレ市内外に陣取った。ピーターセン将軍はタカダの行動を航空偵察で見抜き、メックを使って防衛戦線の弱点を探ることはせず、数日間、主攻撃に耐え抜いた。一方、タカダ大佐は悪天候を利用して、奇襲攻撃のために、間接砲と2個諸兵科連合大隊を移動させた。奇襲は5月21日に行われ、エリダニ軍を攻撃する代わりに、狙ったのは彼らの降下船と気圏戦闘機中隊群だった。砲撃がパーラントの空軍基地に降り注ぎ、その一方で、隠し陣地を出たドラコ連合のメックと戦車が南から疾走した。同時にタカダはルチェーレへの妨害攻撃に着手し、パーラントへの充分な援軍を送れないようにしたのである。

 パイロットと船員たちが炎の嵐の中で必死に離陸しようとする中、AFFSの装甲隊、間接砲隊、軽機隊の数個書兵科連合中隊は勇敢にも連合の攻撃を跳ね返そうとした。同時刻、ルチェーレ周辺の軽機隊は文字通り命をかけて戦い、第11、第17偵察大隊を離脱させようとした。最終的に降下船の多くはなんとか離陸することが出来たが、戦闘機はそう上手くいかなかった。第17偵察大隊が離脱するまで数時間を要し、彼らがパーラントに着いた時には戦闘は終わっていた。タカダ隊は、間接砲の大半と大隊分の装備を失い、撤退した。軽機隊の損害はこれを上回っていた。降下船3隻と1個航空大隊以上戦闘機が破壊されるか、行動不能となり、AFFSの2個通常大隊が全滅、軽機隊の1個大隊が破壊された。おそらく最も最悪の損失は、第21打撃隊の指揮官、ジャマル・フォーリヒー大佐を失ったことだろう。

 タカダ大佐は攻撃の手を緩めることはなかった。その夜、さらなる攻撃を仕掛け、いまだぐらついていた軽機隊主力を叩き、撤退に追い込んだのである。タカダの戦闘部隊は狂ったように追撃し、動くものすべてを撃った。第3大隊が北から傭兵隊の撤退を追う一方で、残り2個大隊はエリダニの戦線に浸透しようとした。だが、エドウィン・アミス少佐が前に出て、撤退命令を出したのである。アミスは第21打撃隊の指揮をとり、しんがりを組織して、戦闘部隊の浸透を押しとどめた。そして最終的には彼らの追撃を食い止めたのである。この夜、軽機隊は約200キロメートル撤退したが、夜が明けると落ち着きを取り戻し、新たな強襲の策を練った。

 翌日、アミスは第21打撃隊を率い、プロセルピナ戦闘部隊を立ち止まらせた。次の二週間で、両陣営は一進一退の攻防を繰り広げた。タカダは無視できない損害を受け始め、軽機隊の数的優勢の前に直面して再び退却することとなった。6月、タカダはピーターセン将軍を長期戦に引きずりこみ、それはフォート・ジンジローで終わった。ここは6月の前半、AFFSに占領されたが、タカダ隊が追い出したのである。この要塞からタカダ大佐は広い戦場の指揮をとり、必要なら戦いを引き延ばすことが出来た。

 タカダと戦闘部隊は防衛戦に満足せず、機動性の高い中量級メックを使って可能なときにはいつでも攻撃に出た。だが、結局、軽機隊の火力の前に持ちこたえることは出来なかった。タカダは軽機隊の大隊を孤立させ撃破するために、三度に渡る急機動を行ったが、傭兵隊は常に戦線の保持を成功させ、最悪の事態になるのを防いだのだった。7月18日、タカダが四度目の攻撃を行うと、ピーターセン将軍は新たに昇進させたアミス大佐と第21打撃隊をフォート・ジンジローの奥深くまで送り込み、連合の戦線をうち砕いた。

 フォート・ジンジローをかけた最後の戦いは丸四日間続いた。その結果、要塞は事実上倒壊し、両陣営のメック100機以上が修理できないほどの損傷を受けるか、破壊されて横たわり、連合軍は消滅していた。ごくわずかな生存者は7月21〜22日のうち荒野に隠れた。残った全員は始末されたが、ピーターセン将軍は念のため、パトロールのスケジュールを緊密に組んだ。






第一波におけるその他の作戦 OTHER WAVE ONE ACTIONS


地球回廊での作戦

ニューアース(5月) New Earth (May)

 ノケツナによる積極的防衛の最初の目標になったのはニューアースであった。驚くことではないが、この世界の防衛力は低下しており、連合軍の攻撃に抵抗できたのは、惑星市民軍と、傭兵が大半のニューアース貿易会社(NETC)保安部隊であった。ジョンソン大佐とリュウケン・ニは、NETCの守備隊を手早く片づけ、工場に向かっていった。NETCは主に戦闘車両を製造しているのだが、その倉庫には数千トン分の武器、弾薬、装甲があった――これらはディーロンの補給庫から驚くべき速度で消費されていたものだった。ジョンソンはすぐ支援部隊に持っていけるだけ持っていくように命じ、その間、惑星上の軍事目標すべてを攻撃して、4日間の徹底的な作戦でニューアース市民軍をほぼ殲滅した。この過程で、リュウケンは相当数の降下船を捕獲し、NETCと市民軍兵器庫から「解放」した約4000トン分の輸送するのに使ったのである。

 彼らは素早く撤退し、その直後、シェンホットヘッズ(LCAF最高司令部によりゾーリンから派遣された)が星系に到着した。この傭兵隊は戦争のあいだそこにとどまった。



カフ(6月) Caph (June)

 カフはリュウケンの目標となった三番目の世界であった。恒星連邦、ライラ共和国の重要な交易路となっているカフは、恒星連邦による地球回廊防衛になくてはならない世界でもあった。通常、AFFSは1個連隊戦闘団をこの世界に駐留させている。DCMSの諜報部は、戦争の遙か前から第3南十字星部隊がカフにいるとしていたが、3038年後半から3039年前半にかけてさらなる部隊がカフにやってきたと思われるという情報は、開戦の混乱によって、ノケツナと幕僚たちには伝わらなかったのである。よって、アスワン市の郊外に降り立ったイエサビュー・ジョンソン大佐(リュウケン・ニ指揮)、ノリタケ・カンサ大佐(リュウケン・サン指揮)は、2個RCT――ダヴィオン強襲近衛隊、第33アヴァロン機兵隊――が惑星の反対側にいたことを知らなかったのである。これら部隊と共に、ウルフ竜機兵団がいた(10年前のミザリーでの損失から再建途中)。

 2個リュウケン連隊は、首都外縁部の巨大な軍事基地、アスワン軍用地を二方向から攻撃し、当初は守っていた第3南十字星部隊を圧倒した。だが戦闘開始から三時間後、リュウケンは数十隻の降下船がやってくるのを観測した。1個強襲近衛隊旅団と、ウルフ竜機兵団のほぼ全隊(約10個メック大隊)が、リュウケンを包囲し、捕らえた。双方が優位を競ったため、戦闘は数日に及んだ。カンサ大佐は2個連合リュウケン大隊を率いて、ブルンネル(何世紀も前にほとんど住めなくなった大陸)に隠してあったAFFS基地への大胆な強襲を行った。アヴァロン機兵隊がそこにはいたが、放射能を帯びた荒野が移動を制限した。リュウケンはこの危険な環境をものともせず機兵隊の基地と施設に大打撃を与えた。この大胆な行動によって、リュウケン全隊はカフから引き上げるだけの余裕を与えられたのである。彼らは損害を受けていたが、回復出来るものだった。






第二波と反撃 WAVE TWO AND COUNTERATTACK

 3039年戦争における第二波の意図は、同盟軍の支配宙域拡大と、初期の強襲で迂回した数多くの世界を吸収し、すでに獲得した領土の支配を強化する事であった。ディーロンのような鍵となる目標は激減した……といっても、DCMS防衛網の要石が減少するまで第三波を待つことをLCAFとAFFSは計画していた。しかしながら、セオドア・クリタには別の考えがあった。同盟軍が侵攻の続行に備え、息継ぎをしたまさにそのとき、攻勢移転したのである。攻撃の最も劇的な要素は、DESTがLCAF上層部(共和国方面)の首を狙ったことだった。司令部への攻撃でノンディ・シュタイナー将軍が重傷を負った後、侵攻の指揮権は想像力不足の部下の手に渡り、セオドアの手の上で踊ることとなったのである。他方、同盟軍の前進を事前に阻むべく、妨害攻撃が実施された。多くの世界でDCMSは大規模な反撃を開始し、諜報工作員、ISFの煽動した暴動と連携したのである。

 共和国方面攻勢では、キャサリーン・ヒーニーが戦域指揮官としての実権を握ったことが、技量と鋭さよりも重量と火力を信頼する「古流戦術」への迅速で破滅的な回帰をもたらした。ヒーニーの指揮下でLCAFはすぐに主導権を失い、守勢に回っていることに気がついた。ディーロン周辺においても、ヴァネッサ・ビスラ元帥は強襲を受けていることを知った。DCMSはこの地域に〈光の剣〉連隊とゲンヨウシャを組み込み、ヴェガ方面のLCAFへの攻撃よりも強力な反攻を行った。ビスラ元帥は自発的に世界のいくつか(彼女が優先的に獲得した世界)を放棄して、領土的損失を最小化し、軍の隊形を守ろうとした。ディーロン方面攻勢では、最終的に、第二波の目標の約半数が達成されたが、第一波で得たものを全て犠牲としたのである。

 ゲイルダンとベンジャミンにおいて、AFFSは仲間のライラより少しだけ上手くやった。ジェームズ・サンドヴァル元帥とアーダン・ソーテック元帥は、第二波の目標に攻撃を開始したが、ドラコ連合の反撃に驚き、一時的に活動停止したのである。ゲイルダン、ベンジャミン戦役は、その一撃から回復することがなかった。主導権の喪失はAFFSに凄まじい犠牲を強いた。だが、ハンス・ダヴィオン国王の動揺がさらに犠牲を増やすこととなった。連合の持つ予備兵力の規模が不明な状況で、彼は第二波諸作戦の一時凍結を命じ、全連隊、RCTをその場にとどめた。そのあいだに、セオドア・クリタのDCMS(戦力で劣っている)は、失われた全領域を取り戻そうと戦い続けたのである。侵攻の停止は戦争を終わらせた……だが混乱から回復するまで、もう5ヶ月を要したのだった。






共和国方面攻勢 COMMONWEALTH THRUST

「敵への正面攻撃だって? それは妙案だ」
――ジェームズ・シーモア名誉元帥、第3ダヴィオン近衛隊、ヴェガ

 ディーロン侵攻よりも実質的な抵抗に直面していた共和国方面攻勢は、DCMSの反撃に耐えうると期待されていた。だが、クリタの反撃において軍隊が輝かしい役割を果たしていた一方で、心理作戦、特殊作戦はDCMSの軍事行動で重要な要素なのである。「ヴェガ襲撃」は、ウィンテルシュネー作戦への反攻の中心で、この攻撃によって、ノンディ・シュタイナー将軍の統一された指揮系統を断ち切り、各軍を占領地帯の中に孤立させた。こうしてDCMSは適切な行動を取りえたのである。





アーナシ(7月〜8月) ALNASI (JULY-AUGUST)

 セオドア・クリタがヴェガに対し決定的なカウンターを放ったとき、彼はまた敵が保持する世界(管区主星への接近を左右する世界)への強襲に動いていた。星図に載ってない星系は、第2軍団がヴェガを奇襲するのに役だったのではあるが、目的の達成にはもっと安全な補給路が必要だった。

 7月22日、クリタの強襲隊がパイレーツポイントにジャンプした。三ヶ月前に同盟侵攻軍が使ったのと同じポイントである。この逆襲軍は、第6アルシャイン正規隊と第1サン=ツァン候補生隊で構成されていた。惑星の防衛部隊が完全な状態にあったなら、このような比較的小規模な部隊が防衛隊を駆逐するチャンスはほとんどなかったろうが、管領の計画はいくつかの要素を使って、兵士たちの戦力を強化した。アーナシ惑星守備隊による低強度のゲリラ戦は完全に終わっておらず、また破壊活動と民間部門の不服従が、共和国の支配樹立を邪魔していた。LCAFには質的な優勢があったが、LCAF兵士がどこにでもいたわけではない。結局、ライラ軍は、自分たちの政策を押し通すより、DCMSとISFの行動に対処させられていることに気がついた。占領して数ヶ月で、状況は悪化していった。この時、アーガイル槍機兵隊が侵攻の第二波に備えアーナシを離れ、歩兵中心の第26ライラ防衛軍だけを惑星の占領軍として残していったのである。

 占領部隊の小規模化は、諜報の失敗(連合とISFの重要なエージェントが世界上で活動していた)と合わせ、一連の環境を生み出し、LCAFの足下を崩した。といっても、クリタの反攻があるまで、これは表面化しなかったのである。経験豊かな第26防衛軍は、アルシャイン正規隊とサン=ツァン候補生隊を問題なく食い止められるはずだったが、アーナシでは、土地に不慣れで、敵対的な民衆と直面することになった。

 部隊はひどい補給問題にも直面した。反侵攻軍と占領隊のファーストコンタクトは、高々度でのことだった。第26防衛軍の航空宇宙支援大隊が、侵入してくるDCMSのメックキャリアーと歩兵輸送船を叩いた。戦闘機の攻撃は輸送機の撃墜に失敗した。だが、2隻が突入できないほどの構造的ダメージを負い、着地には別の船に積荷を載せ替えねばならなった。DCMSの戦闘機と強襲降下船は、最終的にライラの攻撃を跳ね返した。傷ついたライラの戦闘機は、防衛軍の施設と限られた補給庫を守るために、地表へと撤退していった。ライラ軍は守備隊になることを想定しており、DCMSの反攻に対する準備はしていなかった。

 7月24日、アルシャイン正規隊はガンタリアスの西、約250キロメートルの地点に上陸した。第26防衛軍はすぐさま降下地点(LZ)に大隊規模の強襲をかけた。シグマ・ライトニング中隊の軽量級ユニット(第四次継承権戦争後に取り入れられたもの)が、ベータ大隊の中重量級メック、装甲車の前衛部隊となった。勝利の自信はとうていなかったのだが、防衛隊は正規隊の攻勢の暴虐に立ちすくんだ……特にLCAFにとってはなじみがないメック数機の射程と火力によって。降下地点をかけた戦いは30分に及んだ。第26防衛軍のザウベル少佐は損害を諦め、主防衛陣地に引き返すことを決めた。半時間で大隊はメック2個小隊にまでなっていた。

 DCMS隊はすぐに中軽量級メックの偵察小隊群を送り込み、主戦力は降下地点から数キロメートルを保った。夜通し、彼らは補給用の小都市と支援施設をまとめた。ライラの空襲がサン・ツァン司令部に被害を与えたが、上級士官を負傷させるのには失敗した。7月26日に二度目の空襲を行った際、航空隊は侮りがたい対空防衛部隊と遭遇し、1個航空小隊のみがガンタリアスに帰還したのだった。

 7月29日の朝、アルシャイン正規隊はLCAF防衛網の調査を西から仕掛け、すぐに手強い地点と防衛戦線を確認した。アルシャイン隊が強襲をかけてから30分後、防御側が敵の侵入を追い返したとき、サン・ツァン候補生隊が北東から首都を攻撃した。夜通しの強行軍を実施したのである。残念ながら、LCAFのパトロールに偶然出くわし、撃破する前に無線連絡されてしまい、奇襲の要素は失われた。サン・ツァンのメックは、急きょ方向を変えたLCAF装甲大隊に、向こう見ずに突っ込んでいった。装甲大隊は工業地帯の影から攻撃隊を狙撃していった。この方向転換があったにもかかわらず、サン・ツァンによる偵察は、ライラ防衛部隊の注意を逸らすのに成功した。彼らは増大しつつある地元住民の反発にも直面していたのである。サン・ツァン候補生隊は軽視できない損害を受けたが、その圧力によって、ライラは引かざるを得なくなった。7月30日の終わりまでに、ウドラフ・パターソン将軍は、陣地を放棄し、都市の内部深くまで撤退するように命じた。

 第6アルシャイン隊による主強襲は、第26防衛軍を猛烈に押し込んだが、部隊とその連隊戦闘団は、連合軍の5度に渡る連続強襲をどうにか押し返した。軍事的には、防衛隊は数ヶ月持ちこたえられたかもしれないが、パターソン将軍は地元民の増大する反攻にも面していた。市民たちはニンユ・ケライのISF工作員と共に、シュタイナーRCTに対する一連の不正期活動を行った。爆弾攻撃とロケット攻撃が、8月の第一週までに日常化していった。8月5日、トラック爆弾による自殺攻撃で、パターソン将軍と26名の兵士が死んだ。リーダーと上級士官の多くを失った第26隊は、無秩序の中で崩壊する危機に瀕した。2日後、生き残った中で最先任士官のジョイ・コレッリ大佐(RCTの事実上の指揮官、戦後、LCAFによって地位を承認される)は、ガンタリアスと惑星の放棄をRCTに命じた。8月11日、最後のLCAF降下船がアーナシから軌道上に打ち上げられた。消耗しきっていたDCMSは、敵軍の逃亡を邪魔しなかった。






ベンジャミン方面攻勢 Benjamin Thrust


フェラニンII(8月〜9月) FELLANIN II (AUGUST-SEPTEMBER)

 この時までに、フェラニンIIは典型的な状況に置かれていた。エリダニ軽機隊の2個連隊がこの世界を叩き、最終的に防衛部隊を破ったのである。だが8月に全てが変わり、両陣営を驚かせることとなった。

 7月11日、エリダニ軽機隊がフォート・ジンジローに最後の強襲を仕掛けていたまさにその時、ウィリアム・ピーターセン将軍は第二波の強襲を実行せよとの命令を受けた。傭兵部隊がDCMSの孤立部隊をどうにか屈服させるとすぐに、彼は第21打撃隊に対し惑星を離れる準備をするよう命じた。しかしながら、数日後、ピーターセンは持ち場を守れとの二つ目の命令を受け取った。傭兵のいらだちは倍加した……第151連隊が数週間前に星系内に到着し、第21打撃連隊と合流して、ホマムに向かうべく待機していたのである。ピーターセンはHPGを使ってサンドヴァル元帥に命令の確認を行い、まもなく確かであるとの返答を受け取った。そのメッセージは、ピーターセンが「作戦の最初に与えられた目標を遂行するために自由裁量を使う」ことを認めていた。ピーターセンはこれを暗黙のホマム強襲であると受け取り、よって第21打撃隊に出発の準備を続けるよう命じた。2個ELH連隊は8月12日に星系を発った。

 この動きは、AFFS、DCMSの指揮系統を昇って報告されていき、第71軽機連隊を殲滅しかけた事件を引き起こすことになる。ニューアヴァロンがELHの動きを聞き及ぶと、中級レベルの副官が懲戒的なメッセージをピーターセン将軍に出して、フェラニンの放棄と無認可の任務を批判した。サンドヴァル元帥は譴責のコピーを受け取り、第71がまだフェラニンIIにいることを知り、ピーターソンに対し独自の判断で動き続けるべきだと述べた。次にニューアヴァロンの情報士官は第2アーカブ軍団がフェラニンIIに向かっていることを知った。中級レベルの副官がこれを知った時、AFFSが各前線で激しい抵抗にあっていたのとあわせ、彼はフェラニンIIのAFFS通常旅団に対し、撤退命令を出した。まずいことに、彼はELH連隊の全隊がホマムに向かっていたと決めてかかっていたのである。

 第2854機械化重旅団(臨時)は8月16日にフェラニンIIを発ち、第71軽機隊のみに惑星上で続く抵抗への対処と、第2アーカブ軍団の相手を任せることになった。8月23日、第2アーカブの到着は第71にとって完全な不意打ちとなった……AFFSからの諜報報告はホマムの部隊に直接渡っていたのである。さらに悪いことに、第2アーカブ軍団指揮官、マリサ・グロー大佐は惑星上の生き残ったDCMS隊と連絡を取り、ELHの全陣地に対する組織的攻撃をアーカブ軍団が上陸する直前に行うよう命令していたのである。

 これにより、クリーブランド・アルフィエーリ大佐と第71軽機隊はのっぴきならない状況に置かれた。第4プロセルピナ戦闘団の残存勢力(1個大隊以下のメックと、2個大隊近くの通常部隊)はフォート・ジンジローを攻撃し、アーカブ軍団が攻撃を始めるまで傭兵を足止めした。アルフィエーリ大佐は守備的な陣地を占めていたが、フェラニンの戦いで負った損害を取り戻している最中だったのである。連合の攻撃は休むところを知らなかった。グロー大佐は五日連続で絶え間ない攻撃を仕掛け、惑星の大衆から2個連隊分近い通常兵を新規採用した。

 アルフィエーリの傭兵隊は四日間持ちこたえたが、9月2日の夜に、ドラコの歩兵大隊がフォート・ジンジローに押し入った。これにより、アルフィエーリは戦線から兵士を引き抜いて対処せざるをえなくなり、夜明けまでにさらなる兵士が要塞に入るほどまでに弱体化した。新たな攻勢は第71軽機隊の終焉を意味しかけた。アルフィエーリ大佐は降下船への退却を命じたのだが、混乱により1個大隊分の兵士と装備が失われた。グロー大佐は傭兵が惑星を離れるまで攻撃を止めることなく、アルフィエーリがメック戦士やその他の人員を救出するのを妨げた。

 第71は9月3日にフェラニンIIを離れた。3040年の2月、数十名の捕虜が解放されたが、捕らえられたと報告された全員が戻ってきたわけではなかった。






その他の動き


ホマム(8月〜9月) Homam (August-September)

 ウィリアム・ピーターセン将軍は、サンドヴァル将軍から第二波を続けるようにとの個人的な許可を受け取り、8月の前半、エリダニ軽機隊第21打撃隊、第151軽機隊と共にフェラニンIIを離れた。ホマムの軌道上に入る前のある日、部隊はニューアヴァロンから第二波の作戦をすべて中止せよとの矛盾する命令を受け取った。8月24日、惑星に到達すると、ピーターセンは降下船の大半を軌道上の各地にとどめ、ホマムに出入りする船の迎撃のみを許可した。そしておよそ2個大隊の混成部隊を惑星に下ろした。後にこの動きは、AFFS最高司令部により「強行偵察」であると判断され、従って、命令違反となることはなかった。ピーターセンは五日ごとに混成大隊をローテーションさせ、戦闘経験を与えると共に、下船するチャンスを与えたのである。この世界は事実上、防衛されておらず、ピーターセンの「偵察」軍は三週間に渡って惑星中を闊歩した。その後、将軍はついにデビッドへの撤退命令を直接受け取ったのだった。エリダニ軽機隊は9月7日にホマムを離れ、惑星防衛部隊を事実上殲滅したのだが、得られたものはなかった。




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